伝統木版画における「彫師」の役割

絵師が描いた版下絵を元に版画の原板となる「版木」を作るのが「彫師」です。絵師のように表舞台に出ることはありませんが、非常に高い技術が必要とされる専門職です。
彫師は彫刻刀の刃先を0.1mm単位で板面に入れ、筆で描かれた質感を版木に再現するという細かく丁寧な技術が要求されます。また木の板という一度削れてしまうとやり直しが効かない素材を扱うため、集中力と正確さも欠かせません。
彫りの工程では、描写によって10種類以上の大小様々な彫刻刀を使い分けるため、常に切れ味を保つよう道具の手入れも必要です。
彫師として認められるには10年以上の修行が必要と言われます。
「彫師」の仕事 -木製の原版(版木:はんぎ)を彫る-
主版を作る
はじめに版下絵の輪郭線となる「主版(おもはん)」を彫ります。木の板にのりを広げてすりこみ、絵師が輪郭を描いた版下絵を伏せて置き、ヨレなく貼り付けます。筆筋が見えるように和紙を薄く剥ぎ取り、線を浮かび上がらせるために椿油を表面に塗りこみます。浮き上がった輪郭にそって彫刻刀を入れ、木の目を読みながら絵具が乗る凸面を中心にすり鉢状に周りを彫り、絵具が残らないよう「さらえ」を行います。最後に残した部分についたままの和紙を剥がすと主版の完成です。
彫刻部分の分別
主版で彫師が「校合摺り」を行い絵師に校合を渡すと、彩色と彫刻の指示が書きこまれたものが戻されます。この校合をさらに彫師の目で分類します。基本的に一色一版ですが同じ色でも濃淡や線の太さによって分けることもあり、決められた版数でどう彫り分けるか、この見極めは版画の仕上がりを左右する大事な作業です。
色版を作る
彩色部分の版は主版と同様に、色ごとに絵師が指示を書き込んだ校合を貼付けて彫り進みます。こうして出来上がったそれぞれの版木は摺った時に原画と同じ向きになるよう、図は全て左右反転した状態で板に刻まれていきます。
見当を入れる
最後に重要な「見当」と言われる、目印を刻み入れます。版木の手前とその右隅に切り込みを入れ、そこに紙を合わせることで、基準位置からずれることなく摺ることができます。(このことから判断を誤ることを意味する「見当外れ」という言葉が生まれました。)
調整を行う
版木が彫り上がると、色のズレや彫り残りしがないか確認のために彫師が試し摺りを行います。そして版下絵通りの配置を再現するまで調整を繰り返し、ピッタリと重なってはじめて版木の完成です。