木版画再摺り 加賀正太郎監修「木版画集 蘭花譜」

洋蘭の美しさを木版画で描く 最高峰の彫摺技巧が詰まった画集を再摺り

加賀正太郎が監修した洋蘭の木版画集「蘭花譜」の幻の版木発見によって立ち上がった再摺りプロジェクトで、竹中木版四代目現当主の竹中清八が摺師としてメンバーの一人に選任され、制作に参加しました。また、東京モリサワ・タイポグラフィ・スペースで蘭花譜の企画展が開催され、五代目の竹中健司が手摺り木版画の実演とワークショップを行いました。

木版画作品集の傑作名高い「蘭花譜」 日本伝統木版画の技の真髄がここに

加賀正太郎監修「蘭花譜」を再摺り

大正から昭和にかけて関西で活躍した実業家の加賀正太郎は、様々な事業で成功を収めるなかで、多彩な趣味にも手を広げており、とりわけ注力したのが欧州遊学で魅入られた洋蘭の栽培でした。京都大山崎に構えた山荘内で世界各地から取り寄せた約1万鉢以上もの蘭を育て、当時の蘭栽培の第一人者と共に新種の開発にも取り組みました。

加賀は蘭の美しさを後世に伝えるため、特徴や色彩を記録する図譜の出版を計画し、「蘭花譜」の制作に至りました。
カラー写真が発達していない当時、植物図譜の主流は石版画や銅版画などの西洋から導入された印刷技術による制作が主流でしたが、加賀が画集に採用したのは日本で独自の発展を遂げた印刷法である木版画でした。

洋蘭の色の変化を立体的に表現するにあたり、原画絵師に京都で生まれ草花を主題とした日本画家の池田瑞月を迎え、当時最高の技術を持つ彫師と摺師と和紙職人を厳選して、収録点数104点のうち84点が木版画で制作されました。植物記録という特性から、池田瑞月による写実的な実物大原画をもとに、細部に渡って高い再現性を求められ、1点で版木20枚、摺り100回を超える作品も少なくありませんでした。完成までの道のりは険しく、色校正や修正を重ねること10年もの長い歳月を要して昭和二十一年に300部が完成、刊行されました。
匠の技が散りばめられた本作は、肉筆と見まごうほどの植物図譜にとどまらず、木版画作品集として傑作と名高く、図譜の本場である西洋諸国でも美術的にも学術的にも高い評価を得ることとなりました。

幻の蘭花譜版木を発見 半世紀を越えて蘇る名作木版画集

加賀の没後、蘭栽培のメッカともなった山荘も第2次大戦による混乱にみまわれ、蘭花譜の命とも言える版木が霧散、稀代の傑作は蘇ることのない幻の作品集となってしまいました。
しかし、平成15年に12枚の主版と色版一式が発見され、老舗美術印刷会社三浦印刷株式会社の支援のもと、原版を使った再摺りプロジェクトが計画されました。

再摺りには京都を中心に木版画における熟練の職人たちが集結しました。名人とうたわれた彫師たちが残した線をたどり、欠けや損傷が見られる版木の修復を行い、和紙は当時と同様に越前奉書紙で、昭和の蘭花譜の和紙を漉いた八代岩野市兵衛氏の子息である、現人間国宝の九代岩野市兵衛氏によって制作されました。そして竹中清八を含む8人の熟練摺師が、繊細な色合いの変化や立体感を生み出す幾重もの高度なボカシや緻密な再現性を得意とする京版画の技を注ぎこみ、1年をかけて12作品各100部を摺りあげました。

古版木修復着手段階

昭和の匠の技光る版木

名工とうたわれた東西の彫師の手で作り出された貴重な版木。丁寧な補修によって再生された。

古版木修復途中

工程を追う順序摺り

版木に残った絵具から彩色を特定し、蘭の成長の過程をたどるように摺りが施される。

古版木修復修理完成

手摺りの魅力

加賀が追求した蘭の魅力を現代に伝える匠の手から生き生きとした作品が蘇る。

初版蘭花譜の全国展覧会 竹中健司が再摺り蘭花譜を解説し摺りを実演

モリサワ・タイポグラフィ・スペースでの蘭花譜展の模様

現存する初版の蘭花譜各作品とともに再摺りによって現代に蘇った蘭花譜は、東京、京都、広島、徳島、愛媛、沖縄と日本各地の美術館やイベントで展示され、加賀の思いをそのままに蘭の美しさを今に伝えています。
再摺りされた12点の蘭花譜は、画集として2005年に三浦印刷から刊行されました。画集完成に合わせて東京モリサワ・タイポグラフィ・スペースで蘭花譜の企画展(2005年9月12日〜22日)が開催され、竹中木版5代目の竹中健司が手摺り木版画の実演とワークショップを行いました。展覧会初日のオープニングパーティーでは、株式会社モリサワ会長森澤嘉昭氏が文化事業保存・継承の重要性について語り、蘭花譜の再摺りがもたらした木版画技術再興への貢献を讃えました。

竹中健司が蘭花譜展での技術解説

来場者に作品の技術解説

一見して肉筆と思える仕上がりの作品を前に、部分部分に施された高度な摺りの技を解説。

竹中健司が蘭花譜展関連イベントで浮世絵摺りを実演

手摺り木版画を実演

葛飾北斎「冨嶽三十六景神奈川沖浪裏」を使って摺りを実演。蘭花譜にも用いられた技を披露。

事業概要

内容
加賀正太郎監修 木版画集「蘭花譜」原版版木再摺り
サイズ
約45.2×30.0cm(描画域)
仕様
手摺り木版画 / 12作品 版木数約15〜25枚(昭和二十一年製) / 最大120度摺り / 越前奉書紙 / 限定各100部
作業期間
およそ12ヶ月(修復・摺り) 2005年完成

収録作品の詳細はこちら(三浦印刷画集紹介ページ)

講演及び実演・ワークショップ概要

内容
木版画再摺り 蘭花譜展 -多色刷り印刷の源流- 企画イベント
開催日
2005年9月17日
場所
モリサワ・タイポグラフィ・スペース
主催
株式会社モリサワ
後援
三浦印刷株式会社

加賀正太郎

明治末期大阪の商家に生まれる。金融業・不動産業など多角的な企業経営をすすめ、「大日本果汁(現ニッカウヰスキー)」の創業にも参画したことで知られる。趣味人としても多彩な才能を発揮し、洋蘭の栽培のほか、所有する京都の山荘(現アサヒビール大山崎山荘美術館)の設計や調度品のデザイン、アルプス山脈登山など本格的に行っていた。


ページ
上部へ