産学連携による浮世絵技法の復元的研究のための技術開発
失われた浮世絵技法・素材を解明 産学文理連携で研究に新たな可能性を見出す
浮世絵木版画は、江戸時代に発展した多色摺木版画であり、日本を代表する伝統美術の一つです。しかしながら江戸時代に作られた浮世絵の版木は今では非常に希少で、現存していても摩耗や侵食等によって劣化している事が多く、浮世絵の制作手法や使用した材料も主に直伝で受け継がれてきたため、制作当時の木版画を高い精度で再現することは困難を極めます。
そこで本研究では、当時の浮世絵の制作手法や材料の再現による伝統技術を復元するための基盤技術の創出を目指し、光計測、情報処理、木版研究の専門家と、代々木版画の技法を受け継ぐ竹笹堂の職人との産学・文理融合型のチームを立ち上げ、版木および木版画を光計測・画像解析技術を駆使して科学的に分析します。
浮世絵木版画の色感を特徴付ける重要な要素である色材は、時代によって使用される材料が変化してきました。
成分特定には様々な方法がすでに確立されていますが、古い木版画・版木を測定試料として用いるにはダメージが大きい場合もあり、貴重な歴史遺産として状態を保持しつつ、正確な分析を行う非破壊的な方法でのアプローチが必要です。
我々が本研究で分析方法に採用した「ラマン散乱分光法」は、化学結合を介した原子間の振動(分子振動)に由来するスペクトルを計測する解析法です。
さらに独自の視点で研究を重ね、分子構造に基づいた色材の分析と空間分布を同時に解析可能な非侵襲的色材解析法を開発します。
「ラマン散乱分光法」とは
ラマン散乱分光法は、光が物質に入射した際に生じる「ラマン散乱」を利用した分光法です。
ラマン散乱は、1928年にC.V.RamanとK.S.Krishnanによって発見された現象であり、試料を構成する分子の分子振動あるいは結晶の格子振動を強く反映した光散乱です。この分子振動や格子振動は、構成する原子、化学結合などの分子構造により変化するため、ラマン散乱スペクトルを解析することで、散乱源である物質の種類、分子構造などを推定する事ができます。
「ラマン散乱分光法」による計測・解析で木版画を綿密に分析する
光を試料に照射することで発生したラマン散乱光によって、分子構造の情報は光の色の違いとして現れます。この色を分析する装置(分光器)で計測することで、分子構造を反映した色情報(光スペクトル)を取得します。取得した光スペクトルから、ラマン散乱に由来するスペクトル(ラマンスペクトル)のみを抽出し、グラフ化・解析していくことで、色材の分子構造および分子分布の詳細な情報を読み解くことを可能にします。
使用色材の判別
色ごとに波長のピークが異なり、分子構造が大きく異なること、混ぜあわせたのちも固有の波長を示すことがわかった。
摺刷強度 彫刻精度の分析
ラマン散乱光強度の変化から、色材は紙の繊維に付着して分布し、色材の境界部では明瞭な境界線が観測された。
膠の使用方法の推察
可視化したラマン画像から膠含有色材の均一な強度分布が得られ、膠の含有量が色材分布に与える影響が示された。
本研究によって、ラマン散乱分光法は木版画に使われている色材だけでなく、彫摺技術についても分析できることを明らかにしました。ダメージを伴う化学的分析では調査が困難であった古い時代の貴重な浮世絵木版画を含め、多色摺り木版画の科学的分析調査にラマン散乱分光法が有効であると導かれました。
さらに調査分析を重ねてデータベース化を行い、近世浮世絵木版画の摺彫技術の解析法の開発につなげます。
開発した技術を用いて木版画を再現 研究成果を学会・論文で発表
研究論文詳細
- 論文名
- ラマン散乱分光イメージング法による多色摺木版画の色材分子分布解析法の開発
- 掲載
- 情報知識学会誌(2016年2月掲載・2015年11月30日web公開)
- チーム
- 南川丈夫(1,連絡先著者), 永井大規(2), 金子貴昭(3), 谷口一徹(4), 原田義規(1),
高松哲郎(1), 竹中健司(2)1.京都府立医科大学医学研究科, 2.有限会社竹笹堂, 3.立命館大学衣笠総合研究機構, 4.立命館大学理工学部
プロジェクト概要
- 研究名
- 浮世絵技法の復元的研究のための光計測・画像解析基盤技術の創出
(文部科学省共同利用・共同研究拠点立命館大学アート・リサーチセンター日本文化資源デジタル・アーカイブ研究拠点2014年度共同研究採択プロジェクト) - 参画者
- 南川丈夫(1,2), 永井大規(3), 金子貴昭(4), 谷口一徹(5), 赤間亮(6), 竹中健司(3)
1.徳島大学ソシオテクノサイエンス研究部, 2.京都府立医科大学医学研究科, 3.有限会社竹笹堂,
4.立命館大学衣笠総合研究機構, 5.立命館大学理工学部, 6.立命館大学文学部 - 発足
- 2014年9月
- 協力
- 立命館大学アート・リサーチセンター
- 研究発表
-
「光学顕微鏡でみる浮世絵の世界 (技術実習)」
文部科学省共同利用・共同研究拠点「日本文化資源デジタル・アーカイブ研究拠点」ワークショップ(2015年7月27日)「浮世絵技法の復元的研究のための光計測・画像解析基盤技術の創出」
文部科学省共同利用・共同研究拠点「日本文化資源デジタル・アーカイブ研究拠点」国際シンポジウム(2015年7月25日)「浮世絵技法の復元的研究のための光計測・画像解析基盤技術の創出」
祇園祭デジタルミュージアム展2015(2015年7月22-24日)「浮世絵技法の復元的研究のための光計測・画像解析基盤技術の創出」
立命館大学アート・リサーチセンター「日本文化資源デジタル・アーカイブ研究拠点」全体カンファレンス(2015年3月2日)「浮世絵技法の復元的研究のための光計測・画像解析基盤技術の創出」
第4回知識・芸術・文化情報学会研究会(2015年2月7日)「浮世絵技法の復元的研究のための光計測・画像解析基盤技術の創出」
立命館大学アート・リサーチセンター「日本文化資源デジタル・アーカイブ研究拠点」キックオフシンポジウム(2014年9月27日)
研究協力:立命館大学アートリサーチセンター(ARC)
1998年に立命館大学内に設立される。文部科学省学術フロンティア推進拠点、文部科学省オープン・リサーチ・センター整備拠点、文部科学省グローバルCOEプログラム拠点などに指定される。
人類が持つ文化を後世に伝えるために、有形・無形を問わず人間文化の所産を研究・分析し、記録・整理・保存・発信し、また、芸術創造の支援と芸術の普及、理解のための教育活動などにも力を入れる。
(下記サイト「ARCの紹介>沿革」より抜粋)
立命館大学アート・リサーチセンター web