伝統木版画における「摺師」の役割
版木に絵具を広げて和紙に摺りこみ、色を重ねて作品を仕上げるのが「摺師(すりし)」です。
摺師は一度に何百、何千もの枚数の版画を、全て同じ色、同じ摺り方、同じ品質で作品として仕上げるため、微細な差異も見逃さない鋭い感覚が必要です。特に絵具を調合して版下絵の通りに色を再現することは、無限の色の組み合わせから的確な色と分量を選ぶことが重要であり、長い経験によって養われていきます。
道具の使い方や力加減を工夫することで摺り方は多岐にわたり、迫力ある表現や繊細なタッチを摺り分けるのは、木版画の技法を熟知した職人ならではの仕事です。
「摺師」の仕事 -和紙に摺って仕上げる-
絵具と和紙を準備する
摺りに入る前に和紙と「顔料(がんりょう)」などの絵具を準備します。
和紙を並べて水を含ませた刷毛で表面をなでて軽く湿らせ、絵具が和紙の繊維の層に入りやすくなるよう「湿し(しめし)」を行います。同様に湿した厚紙に挟んで乾燥を防ぎます。
絵具は版木に刻まれたパーツと版下絵の配色を見比べ、絵具を摺り込む和紙自体の色合いや染み込み具合などを計算して調合します。不溶性の着色粉末である顔料を使用する場合は、和紙に顔料を定着しやすくするために「膠(にかわ)」を混ぜます。これら絵具の調合の分量は記録されず、同じ作品を摺るときは改めて出来上がった木版画と見比べて色作りを行います。
摺り(試し摺り)
いよいよ摺りの工程です。版木の表面を刷毛で軽く湿らせ、調合した絵具を和紙に定着させるための「のり」を乗せ、刷毛で全体に広げて絵具が乾く前に手早くムラが無いよう均一に整えます。余分な汚れが周囲についていないか確認し、ずれないように湿した和紙を見当を軸に版木に乗せます。そして和紙を版木に押し当てるようにバレンを細かく動かしながら、和紙の繊維の間に色を含ませていきます。
色が入りきると素早く版木から和紙を剥がし、版下絵と色を見比べて差異がないか確認します。色が異なる場合、再び色を調整して試し摺りを行い、版下絵の色と合わせて本摺りに入ります。
墨摺一枚絵『大新板文字画姿後編』を摺る(※音が出ます)
摺師のわざ・表現技法
「ぼかし」と言われるグラデーションや、輪郭線を作る「骨(こつ)」、単色で均一な配色の「ベタ」など、表現によって様々な技法で摺りあげていきます。
京版画摺り
繊細な摺りを施すことでふんわりとした立体的な表現を可能にする。
原田裕子「二つ桃」より
浮世絵摺り
和紙にしっかりと絵具を摺り込み、鮮やかで独特な発色を見せる。
竹中健司「青三条」より
骨摺り
筆の味を保つよう力強く摺り、輪郭線をはっきりと印象づける。
カンバラクニエ「はじまりのあか」より
拭きボカシ
濡れ手ぬぐいで版木を湿し、刷毛で色のグラデーションを作って摺る。
森愛鐘「Arpeggio」より
胡粉摺り
貝の殻をすり潰した顔料「胡粉」を色摺りした上からさらに重ねて摺る。
竹中健司「桜嵐山」より
ベタ摺り
板目などを出さないよう絵具を均一に広げ平坦にむらなく摺り込む。
木版和紙「しろつめ」より